2005年11月05日

囲炉裏の役割−2 調理

  
調 理

昔の質素な食事ですから、囲炉裏での煮炊きと焼き物、茶釜での湯沸しで、ほとんどの場合、ことが足りたと思います。前述の白川郷の家では、稗(ひえ)の実に稗糠(ひえぬか)を混ぜた糠飯に、味噌汁と漬物をそえたものが主な食事で、老人・子供・家長のみ米を混ぜて食べたようです。味噌も漬物も自家製です。
調理.jpg湯沸し.jpg







食事の内容から考えると、囲炉裏の鍋が1つか2つと湯沸しの茶釜あれば十分だったのではと思います。

このような竈の普及は、囲炉裏の歴史と比べると随分短いようです。
竃1.jpg竃2.jpg







左:江戸初期の竈 大阪府能勢の古民家の竈
右:昭和になって作られた竈 飛騨高山「松本家住宅」

白川郷では昭和30〜40年代になってから竈が普及したとのことです。
土間に手作りの竈を作り、流し台を設けることが近代化の証だったそうです。


これは「てっき(わたし)」と呼ばれる道具で、主に団子や餅をのせて焼くためのものです。
わたし.jpg








囲炉裏上部の火棚に吊るされた「弁慶」や「つま」といわれるものに焼き魚を刺して燻煙します。
海魚の入手困難な山岳地方では、川魚を焼いて燻煙し、蕎麦、水団などの出汁をとったのです。
つま.jpg











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Posted by field5392 at 11:30│TrackBack(0)

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